1社目:研修生の時代 (1996年4月~5月)
当時のメニューは、田舎の研修所で缶詰(3週間)、営業研修(2週間)、工場研修(3週間)で、トータル2ヶ月で本配属でした。
研修所では、会社の概要から、製品知識の講習、マナー研修、プロジェクトの進め方講習、というどこでも必ず実施される内容です。僕は自分の家が大好きだったし、知らない他人と相部屋で自由がないのが心の底からイヤでした。というわけで、土日は無理やり東京に帰っていました。本当に陸の孤島で、外出しようにも最寄のコンビニまで3キロくらい歩かないといけない、というとんでもない土地だったのです。何をするにも集団行動だったので、集団行動が苦手で一人が好きな僕にとってはかなりストレスフルでした。
この時点で、すでに会社という集団にあまり自由がないということを思い知らされました。
無事に刑期があけて(?)、営業研修に移ります。これは、お坊ちゃん育ちの僕にとっては空前絶後の体験でした。地元に近い営業所に一時的に配属されて、営業部員に同行してその活動を見学するというカタチでした。
その壮絶な様子はこの記事をご覧ください。ここでは割愛します。
工場では、現場実習がメインでした。人数が多いので、組み立て、製品検査、塗装などあちこちに散ったのですが、一番悲惨だったのは鋳物工場に配属された連中です。鋳物というのは、型に高温の溶けた金属を流し込んで冷やして固めたものです。大雑把なカタチができるので、それを切ったり削ったりして、パーツに仕上げていくわけですが、パーツに仕上げるのは、他の工程でやるので、とりあえず、素材状態の大雑把なカタチを作るところまでです。
鋳物の型には、溶けた金属が通る通路が切ってあります。型からでてきた鋳物は・・・、当然通路のカタチをした長い棒みたいのがくっついているわけです。こういった代物がベルトコンベアにのってどんどん流れてくるわけですが、我が研修生クンたちは大ハンマーでこの鋳物のヒゲをたたき折っていく役目なのです!!
作業服は真っ黒になるわ、一日の終わりには腕が上がらなくなるわで、本当にかわいそうでした。僕はといえば、ある製造現場に配属はされたものの、「うん、今することないから適当にしてて」と言われ、しょうがないので事務所で遊んでいました(笑)。(外出したくても、ここもまた陸の孤島なので、門から出ても何もないし、そもそも正門まで行くのに時間がものすごいかかるわけでして)。ラッキーといえばラッキーでしたが退屈でした。